ガイア健康

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不安感の拭えない世界

テクノロジーの進化に伴い、ひとびとの生活が便利になり、自由に発信することができるようになりました。これにより、ひとりひとりの力が強くなり、自己実現が可能な満たされた世界が開かれるものと期待してきました。一方で、物質的な充足による満たされた世界は一時的なものであり、漠然とした不安感を拭えない世界を迎えています。現代の繁栄は地球の資源を搾取、乱獲することで成り立っており、いつ枯渇するともしれない不安があります。また格差の広がりや分断による争いが絶えず、世界のありように限界を感じているひとが徐々に増えてきており、不安感が広がっています。

現状の取組と課題(SDGs)

持続可能な開発目標 (SDGs) は未来の子供たちの暮らしを守るために、今、正しい選択をしようと考えて作られました。前身にはミレニアム開発目標 (MDGs) がありましたが、MDGsは発展途上国の問題解決を中心とし、先進国はそれを援助する側の立場にあり、全人類の視点が欠けたものでした。MDGsの反省からSDGsは発展途上国の開発側面だけでなく経済・社会・環境の3側面すべてをカバーし、全人類が取り組めるような包括的な目標として2015年の国連サミットで採択されました。SDGsは課題解決において企業の創造性に期待し、企業の果たす役割を重視しています。

採択から6年、活動の主体は国家、政府から各国の企業に移り、裾野が大きく広がりました。一方、SDGsの課題もはっきりしてきました。SDGsはビジョナリーの大義である30年後までカバーしておらず、短期的な目標設定となっています。企業にとって必ず取り組まなければならない義務ではなく、2030年の数値目標と現実の大きなギャップに直面しています。また個人レベルの目標に落とし込みされておらず、ひとりひとりの行動変容は、まだまだ不十分です (図1)。

SDGsに満足して思考停止することなく、危機感を煽るのではなく、2030年より先を見据えた、ひとりひとりにとって心が躍る崇高な目標を掲げることが必要になっています。

図1. SDGs に続く新たな目標とは

アースオーバーシュートデー

我々が抱える不安や自然環境に対する危機感は、地球の健康状態が「見える化」されるとより実感が湧くと考えます。この我々が住む地球が健康であるかを計る指標として、「アース・オーバーシュート・デー」というものが存在します。これは1年間に地球が生産できる量を、人間が使い尽くしてしまう日のことを指します (図2)。

図2. アースオーバーシュートデーの推移
https://www.overshootday.org/newsroom/press-release-june-2021-japanese/

過去の推移を見てみると、1970年には12月30日とほぼ1年間の生産と消費が一致していました。しかしその後は徐々に早まり、直近の2021年には7月29日にまで縮まっています。これは世界の人類の生活を支えるにはまだ地球1.6個分の自然資源が必要ということであり、アース・オーバーシュート・デーを境に、人類による自然資源の消費が、地球が持つ一年分の資源の再生産量とCO2吸収量を超えることを意味します (図3)。アース・オーバーシュート・デーの目的は、私たち自身が環境に与える影響を軽減することの重要性を伝えることです。

図3. バイオキャパシティ — 1961年と2020年の比較
出典: https://theeverydayenvironmentalist.com/what-is-earth-overshoot-day-and-how-can-we-help/

SDH(Social Determinants of Health)という考え方

私たち自身の健康と地球とはどのような関係があるのでしょうか。

私たちが「健康」という言葉を使うとき、自分自身の体調、病気にかかっていないかということを想像すると思います。実はWHO (世界保健機構) の憲章前文に健康の定義が書かれています。それは「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも全てが満たされた状態にあることをいいます。」となっています。つまり肉体的、精神的な状態だけではなく、社会的に満たされた状態を健康としているのです (図4)。

図4. 健康の定義に含まれる要素

実は、最近では私たちの「健康」を定める要因として社会的な要因が果たす役割が大きいことが分かってきています。健康状態に影響を与える医学的でない要因のことをSDH (Social Determinants of Health: 健康の社会的決定要因) と呼びます。医療そのものや健康に関するライフスタイルではなく、SDHは人々の健康に対して30−55%もの寄与率があるとされています。では、私たちの健康を守るために、自然環境だけでなく社会的な要因も改善するにはどうしたらよいのでしょうか? それには、国、企業だけでなく、個人レベルまでの行動変容が必要です。その実現の為に、「ガイア健康」という考え方を私たちは生み出しました。

「ガイア健康」とは

「ガイア健康」とは、元NASAの科学者であったジェームズ・ラブロック博士 (1919‐2022) が唱えた「ガイア理論」から着想した考え方です (図5)。地球は、大地、海洋、大気、生物などが相互に影響し、自律的な仕組みによって、生物が生き続けられる環境が維持されていると、ラブロック博士は考えました。後に、こうした地球全体の自律的な仕組みは「ガイア」と呼ばれ、ラブロック博士の提唱した理論は、「ガイア理論」と呼ばれるようになります。しかしながら、ラブロック博士が唱える「ガイア理論」には、人間が創り出した社会の仕組みである国家や宗教、企業、教育、経済などは含まれていません。私たちは、人間が作り出した社会の仕組みも、地球全体の自律的な仕組みの一部であると考え、そうした社会の仕組みも含めた世界を「ガイア」と捉えなおしました。

図5. 書籍「ガイア」とジェームズ・ラブロック

それでは「ガイア健康」とはいかなるものなのでしょうか。SDH (Social Determinants of Health) という考え方についてお話しましたが、「健康」とは、単純に肉体や精神が病気や怪我をしていないだけでなく、肉体的、精神的、社会的に満たされた状態のことです。私たちは「ガイア」を構成する、大地、海洋、大気、生物などの地球環境だけでなく、個人や地域社会、企業、国家から経済に至るまで、単独かつ、それぞれの関係が健全な一定の許容範囲内にある状態を「ガイア健康」と定義しました。(図6)

図6. 人の健康とガイア健康

ホメオスタシスの維持・破綻

ホメオスタシスは、生命の維持における基本的で、動的な仕組みです。生体として存在するものは例外なく、微細な変化に対して常に調節される仕組みを持っています。この調節は、ある程度の振れ幅の中でなされますが、大きな変化には強い反作用が、小さな変化には弱い反作用が働きます。これは負のフィードバックを介した仕組みがもたらす特徴と言えますし、その有り様は振り子のようです。ただし、振り子が戻って来られないほどに、一方向に大きく振れてはなりません。逆に、振り子が完全に停止することもまた、生命活動を行っている生体として考えにくいことです。このような系は生体の中にいくつもあり、別の系に影響を与え、逆に同時に調節される関係です。生体を維持するこれら仕組みの総体がホメオスタシスなのですが、ひとつひとつは単純であっても、無数の機構が相互に作用する複雑系を一度期に理解するのは困難なことでしょう。またそれぞれの系は自身のみで完結しない開放系です。生物個体全体で見て初めて、閉鎖系が近似できるのです(図7)。

ところが、この生体でさえも完全な閉鎖系とは言えません。さらに高い所から見直してみると、酸素やエネルギーを摂取し、外界に影響を与え、生態系と呼ばれる大きな系の存在に気づきます。そうして徐々に視点を高め、地球全体までを一つの系としてみた時、大きな閉鎖系を近似できます。もし、さらに太陽からのエネルギー供給まで含めれば、独立した孤立系と見ることができるでしょう。このように視点の階層 (レイヤー) を上下することによって、閉鎖系と考えていたものが実は開放系であったことに気がついたり、閉鎖系として理解し直すことができるようになります。ガイア理論は、環境の視点を軸に持ちながら、このようにして地球の全体を生体に見立て俯瞰視することで、その内部相互関係と、ガイアの調節維持機構を説明していると考えることができます。

図7. ホメオスタシスの振り子

増大する個人の影響力

私達はガイアの一部であり、ガイア健康を保つことは自分達にとっても大事なことです。このガイア健康のホメオスタシスを維持し、ガイア健康が保たれた状態を達成するためには、一人ひとりの行動が重要となります。しかし、壮大なガイアという存在に対し、全人口78.8億人もいる中で、たった一人の個人が、大きなことを成し遂げられるのでしょうか?

図8. ガイアと個人との関係

近年、SNS等のテクノロジーがめざましく進化しています。小さな子どもからお年寄りまで、誰でも好きな情報を世界中に向けて発信することができます (図9)。また、世界中の人々と簡単に繋がり、コミュニケーションをとることも可能です。誰か一人が動き出すことで、多様な人々が参加するコミュニティを形成し、様々な活動を行うことも実現できます。今後もこの個人を起点とした流れは止まることなく益々加速し、全人類がインフルエンサーになり得る世界が実現するでしょう。個人の持つ影響力は間違いなく大きくなっています。このような状況の中、各個人がガイア健康を意識して、少しずつでも行動を変え、その情報を多様なツール・チャネルを介して世界に向けて発信する、あるいは仲間を募って行動を起こせば、大きなムーブメントに繋げることもできるのではないでしょうか。

図9. テクノロジーの進化による個人の影響力の増加

個人とガイアの Creating Shared Value (CSV)

私達は一人ひとり様々な価値観を持っています。その価値観が行動や感情の原点であり、判断基準となっています (図10)。人は自分の持つ価値観と合致した時、高い意欲をもって行動を取ります。一方、価値観と合致しないことを強いられた時、自分の行動を強制されているように感じます。

図10. 価値観による判断

ガイア健康を維持するための自主的かつ持続的な行動を根付かせるためには、ガイア健康の維持が個人の価値観と合致することが重要となります。つまり、個人にとって良いことが、ガイアの健康にとっても良いこと、個人とガイアの両方に通じる共有価値を創造する、「個人とガイアのCSV」という考えを持つことが大事なのです (図11)。

人類全てにこの考えが浸透し、常識となることで、各個人の行動選択の基準が変わり、ガイア健康の維持が実現されます。「個人とガイアのCSV」を信じて一人ひとりが行動することが大事なのです。

図11. 個人とガイアのCSV

気付いてほしいこと

「気付く人」とは何に気付くのでしょうか? 皆さんは、家族や遊び仲間、塾や学校、国家など様々な「系」、すなわち相互に影響を及ぼしあう要素から構成される、まとまりや仕組み、に属しています。では、日常において自分自身で決定しなければいけない事が起こったとき、どのように考えて選択していますか? おそらく、自分だけでなく家族や遊び仲間など、自身が属する「系」に対する影響も考慮しながら最も良さそうな方法を選択していると思います。同じように、「気付く人」は、自分自身がガイア (地球上に存在する物質・生命及びすべての事象) の一部であることに気付くことによって、何かを判断するとき自分自身とガイアにとって最良の方法を選択するようになるはずです。なぜならば、気付く人にとっては、地球上のすべての物質・事象を含むガイアが自身の属する「系」そのものだからです (図 12)。

図12. 拡大した系における個人

どうして気づいてほしいのか

例えばそこに2つの分かれ道があります。1つの道はガイア健康に良くない道、もう1つの道はガイア健康につながる道です。自分自身がガイアの一部であることに気づいていない人は、どのような行動をとるのでしょうか。きっとガイア健康を意識せず進む道を選んでいくと思います。一方気づいている人 (気づいた人) は、どちらの道がガイア健康に良いかをわかって選んでいくでしょう。そして気づいた人の中でも行動には個人差があり、(1) ガイア健康を守ることを第一義に考えて実際に行動をする人、(2) ホメオスタシスの働きに任せようと委ねる人、(3) 良いことについての「あり方」を皆で議論し探ろうとする人が出てくるでしょう。ここで、気付きやその後の行動変容には個人によって大小があり、その掛け算が私達のアクションの総和につながります。一方で、ホメオスタシスの維持には様々な要因が複雑に絡み合っており、一要素の議論だけでは不十分で、一人ひとりがさまざまな行動変容をすることが求められます。「気付く人」のガイア健康に向けた選択や行動は皆が同じ選択・同じ行動をとらなければいけないわけではなく、個々人の判断による多様な選択や行動が大きな力を生み出すのです。 昨今、ガイア健康は破綻する可能性がほのめかされています。「気付く人」の割合が増えることはガイア健康に向けた選択や行動のベクトルの総和が最大化することにつながり、ふりこの軸を、ガイア健康を維持する方向にもどすことになるでしょう (図 13)。

図13. 「気付く人」の割合が増えるとガイア健康に向けたベクトルの総和が大きくなる

ガイア健康状態の透明化

「気づく」ための第一ステップはガイア健康が見える状態になることだと私たちは考えています。個人が認識できる系が拡大した世界では、全体の傾向を示すマクロな数字だけではなく、個々人の行動とガイア健康との関係性がよりダイレクトに、透明性高く見えることが重要です。自然環境については、環境を意識した経営、例えばコマツの ESG データブック、Life Cycle Assessment、Environmental Efficiency などを意識した活動を通して、見えやすくなってきています。しかし私たち一人ずつが行動を決める時に把握できるほど透明化が進んでいるでしょうか。例えば家電量販店に並んでいる 2 台の冷蔵庫、どちらが自然環境に優しいか分かりますか? コンビニエンスストアで買うスイーツのどれが一番自然環境に優しいのでしょうか? SDH で述べたような、社会環境に関する透明性はどうでしょうか? 現在は、ガイア健康の自然環境に関する一面のマクロな評価数値がようやく作られようとしている段階です。自然環境に関する個人と関連づけられたダイレクトな数値は発展途上ですし、社会環境に関する透明性はまだまだ不十分だと言わざるを得ません。個人が社会環境へ与える影響を定量化することは難しいですが、ストレスレベルの測定や脳波測定、Instagram のいいねの数などがそれらを定量化する一つのアプローチになるかもしれません。

気づく人をどのように増やすか

では、個々人の行動とガイア健康との関係性を見える化できたとしたら、私たちは「気づく」ことができるのでしょうか。私たちは自身の行動へのフィードバック (反応や結果) があった時に初めて「自分ごと」として捉えることができます。技術の進歩により、近未来には自身の行動が自然環境や社会環境へ与えているインパクトをタイムリーに可視化し、それを基に自分の行動を決められるようになるかもしれません。自分にとっての幸福とガイアとはどう繋がっているのかを誰もが身近に感じられるようになることで、私たちはガイアの一部であるという認識が確かなものとなり、自分にとって良いこととガイアにとって望ましいこととが限りなく近づくのです。ここから、「気づく人を増やす」アプローチと、「行動を変容させる」具体的な手段についていくつか提言をしたいと思います (図 14)。

図14. ガイア健康のための2つの方向性

「気づく人を増やす」アプローチ

ガイア健康の定量化

定量化とは、尺度を決めることであり、尺度 (情報) をつくる人、伝える人、使う人にとって、その尺度が共通認識となるためにはツールが必要になります。そしてこのツールを普及させるためには、「気づいたらいつも目にしている」という状態をpush型で作り出すことが重要です。例えば SNS で自分のエネルギー消費量を公開できるような仕組みを作り、著名人たちが毎日ガイア健康について、Twitter や Facebook で発信していくことで皆にとってその指標が共通認識となっていくかもしれません。

ガイア教育・啓発

昨今 SDGs は教育カリキュラムに入っており、学校で学ぶ項目のひとつになっています。教育や啓発で大事なことは「あるべき姿」を教えるだけではなく、「それが自分にとってどんな意味を持つか」ということと関連させて理解させることです。個人にとって良いことが自分以外のガイアにとってもプラスになると捉えることが重要です。

「行動を変容させる」手段

例えば自分の大好きなアーティストのライブの帰りには必ずゴミ拾いをする、というツアーがあったら、ファンは喜んでそれに参加し、SNSでその様子をツイートし、そのアーティストは環境についての取り組みをしている人として周りからの評価も集めることになるでしょう。必ずしも「気づいた人」が「行動を変える」という一方向の流れではなく、時には「行動する」ことでその意味に気づくというアプローチもあります。またガイアの定量化の一環として、政府だけではなく、業界団体や独自のコミュニティが「環境会計」を定義し、各企業に公表することを義務付ける動きは既に始まっています。気づく人が一定以上に増えた時、それは大きなうねりとなり、個人や各コミュニティの力の総和はガイア健康を健全に保つ方向に働くはずです。私たちはガイア健康が実現した世界に生きる次の世代にバトンを渡す役割があるのです。

ガイア健康が実現された世界

ガイア健康、そして個人と地球の CSV が実現された世界とはどのようなものか、具体的な一日の生活をイメージしてみてください。 朝目が覚めると、スマホには、個人的な情報や身近なニュースだけでなく、地球全体で放出されている CO2 の総量や、流行りの感染症の感染者数など、ガイア健康を脅かす情報も重要な情報が並列で表示されています (図4)。地球全体の CO2 総量が目標値を上回っていることを知ったあなたは、その日はマイカーによる通勤をあきらめて、電車・バスといった公共交通機関で通勤します。スマホにはどれだけ環境負荷軽減に貢献したか、具体的な数値が表示されます。また、感染症流行のニュースを見ていると、アフリカ諸国へのワクチン接種推進のための寄付を募集する情報が入ってきました。あなたは寄付のボタンをクリックするかもしれません。その結果、アフリカ諸国へのワクチン接種予測値が着実に改善していることが確認できるのです。

図15. ガイア健康が可視化された世界

終業後は熱烈なファンであるプロ野球チームを応援すべく、スタジアムに野球観戦へ。白熱の試合を楽しんだ後は、両チームのファンは共に球場のゴミの分別リサイクル活動を協力(図5-3)。電車等の公共交通機関で帰宅を選択してCO2排出量の抑制に努めます。そんなこと、今でも出来ているのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも実際はどうでしょう。コロナワクチン一つとっても、地球規模での感染症問題であるにもかかわらず、自国のワクチン確保を最優先させたり、自分が住んでいる地域の感染者数しか意識できていないのではないでしょうか。ガイア健康が、そして個人と地球のCSVが実現された世界とは、個人の価値観が尊重されていながらも、それと同じくらい地球全体の事を個々人が自分事として意識できている状態で、それこそがとても素敵な世界ではないでしょうか。

図16. ゴミ分別イメージ