テクノロジー

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技術とその歴史

知識によって生活は便利になり、人の能力も拡張されます。メガネや望遠 鏡は人間の視力を拡張するものですし、車や飛行機は移動能力を拡張します。センサーは人間の感覚を拡張するものだと言えます。人類の富は、より少ない人数でより多くの生産を可能にした技術の蓄積だと言えます。

先史時代に遡ると、自然界にある素朴な石や火を道具にしたことが最も古い技術の形態です。約20000年前に起こった農業革命の結果、狩猟と農業が分化し、一時的に消費しきれないものを所有するという概念が発達しました。紀元前4000 年頃には車輪が発明され、風車や水車に転用されることで、人力以外のエネルギーの利用が始まりました。紀元後には、ローマなどをはじめとして、水道橋、共同住宅や図書館などの建築が発達しました。イギリスで18世紀に起こった産業革命では、機械の大規模化で生産性が著しく向上し、一人当たりの GDP が飛躍的に成長しました。労働者が工場に出勤するようになり、時間の概念が人々の生活に入り込むようになりました。現在の情報革命では、工業主導の社会から高度情報化社会に、社会の形が変化しています。

図1.世界の1人あたり GDP の推移

技術の影響

技術と社会とは相互に依存しています。技術は、社会や経済、環境、価値観などに影響し、逆にそこから影響を受けます。技術には、生活の水準を向上させるプラスの面が多い一方、環境破壊、格差といったマイナスな面も数多くあります。仕事が奪われることに労働者が反発した例もあり、1810年頃イギリスの織物工業地帯で起きた、労働者達が機械を破壊する「ラッダイト運動」は有名です。技術そのものは善でも悪でもなく、社会でどう位置づけるかは、使う人々次第だと言えます。

図2. ラッダイト運動[1]
出典: https://ja.Wikipedia.org/wiki/ラッダイト運動

技術のポジティブな側面

モビリティと都市の多様化

2050 年には、人々の移動やその利便性は現在と比較して飛躍的に向上すると考えられます。

“空飛ぶ車” が普及し、車内では映画を観たり会議をしたりできます。非常時には医療機器にもなるなど、モビリティにおいてはコンテンツが重要になります。また、身体に障がいがあっても、脳マシンインタフェースによる意思伝達で安全に車を操作することができるようになります。一方、海面上昇による国土の消失リスクが高いモルディブでは、海上で連結・組替が可能な海上浮遊都市の構想が進んでいます。50年後には様々な都市が出現するでしょう。

図3. モルディブの海洋浮遊都市
出典: https://maldivesfloatingcity.com/

働き方

2050 年には 7 割近い仕事がデジタル空間で行われると考えられます。言語能力などは技術の力によってサポートされ、自身の強みに集中した仕事の仕方ができます。一方、対面で価値を発揮する実空間での仕事も一定数残ります。会社の枠を超えた仕事の仕方が一般的になると考えられます。現在企業内で行われる労働の需給マッチング (人材が不足する部署などへの配置換え) の役割が弱まり、企業の枠を超えて労働市場を介した需給マッチングの役割が拡大します。新しい組織の形も模索が続き、参加者全員が平等な立場で組織を運営する自立型分散組織 (DAO) など新しい組織の形も一般的になると考えられます。

ガイアの健康状態の可視化

ガイアとは地球を大きな生命体として見た概念で、その中には人間の社会活動も含まれています。2050年には、このガイアの健康状態と個人・社会の相関関係が可視化され、人々はガイアの健康状態を意識した行動をするよう促されるような社会を構想することができます。 一例として、企業の SDGs 貢献指標や環境会計指標などサスティナビリティを維持する指標を国際機関が広く設計・運用するようになることが想定されます。企業がその指標の目標・実績値を公表するだけでなく、第三者機関がより詳細な指標をリアルタイムに可視化することで、企業間の公平な競争と協業が展開されます。これによって、投資家だけでなく、一般市民も自分の幸福とガイアの健康にとってバランスの取れた望ましい行動を行えるようになると考えられます。

意見の偏りとコミュニケーションの歪み

ソーシャルネットワークに代表されるデジタル経済圏が世界規模で拡大し、これまで話をすることが難しかった人同士、つながることができるようになりました。一方で、デジタル化した社会は、人々のコミュニケーションスタイルにも変化をもたらしています。一つの例は、自分の強みの部分だけを切り取って発信し、弱みを見せないというコミュニケーションスタイルです。このようなスタイルも一因となって、ネットの世界では、人と人との深い信頼関係を築くのが難しくなっています。また、人々が自分達と同質の人々に囲まれ、自分にとって心地よいニュースや意見に囲まれて過ごすことができるようになり、その中で極端な意見がどんどんふくらんで、それが社会の分断につながるようになってきました。米国で2021年1月6日に起こったトランプ支持者による議会襲撃 (図4) は、先鋭化した意見を持つ人たちが集団で行動し、結果的に社会が分断されてきたことを象徴する出来事となりました。

図4. トランプ支持者による議会襲撃事件 (2021)
出典: https://news.harvard.edu/gazette/story/2022/01/dark-lessons-of-jan-6-capitol-assault/

情報インフラへの過度の依存

デジタル経済圏が発達するに従って、情報インフラへの過度な依存も問題になってきました。図2 のグラフは、いわゆるITプラットフォーマーのアクティブユーザ数の増加を示したもので、10億人規模のユーザを持つプラットフォームが増えてきていることが分かります。情報インフラの重要性が増す一方で、ユーザへの利便性が後回しになっていることもあります。例えばビデオ会議や、今話題のメタバースは各社が独自のサービスを展開していますが、お互いに接続できないことは利用者にとって不便です。また、デジタルツールを使いこなせる人とそうでない人との間でも豊かさの格差が広がっており、深刻な問題になっています。そして、情報インフラに依存しすぎることで、いわゆる人口知能 (AI) などの人工システムが暴走し、想定していない振る舞いをして、予想のつかない惨事を引き起こしてしまうというリスクも高まります。

図5. 10億人規模のユーザ数を持つプラットフォームが増えている

2050年、技術がもたらす課題

最初に述べた「意見の偏りとコミュニケーションの歪み」では、技術の発展がもたらす負の側面として、世論の煽動や情報の囲い込みなどの課題が、次に述べた「情報インフラへの過度の依存」では、特定の技術や基盤への依存、情報を持つ者と持たざる者との間の格差、という課題が浮き彫りになりました。いわゆるAIの暴走など人工物が予想外の挙動をすることや、技術の悪用・犯罪利用などの課題も挙げられます。

それでは、このような課題を解決するにはどうしたらよいのでしょうか。私たちは「教育」と「個々の意識変化」が特に大事だと考えています。教育は「ベーシック技術リテラシー」とでも言うべきもので、技術を作る人のみならず使う人が知っておくべき最低限の技術リテラシーを、社会保障におけるベーシックインカムと同様、全ての人に届けると言う考え方です。この技術リテラシーの基礎が、科学技術 (science, technology, engineering, mathematics) の頭文字をとったSTEM教育です。個々の意識変化については、次の章で述べます。

テクノロジー社会で豊かに生きるために

技術と共存し豊かに生きるためには、技術の利便性だけでなくリスクについてもよく認識すること、前述のSTEMにアートのAを足したSTEAM教育やリベラルアーツなどを通じて、個々人が哲学を深めていくことが肝要です。例えば、GAFAの初期のプログラマーは、子供に携帯を使わせない、自分は通知機能をオフにするなどの考えを持っている人もいます。個々人が、自己の哲学を深め磨くことで、技術との付き合い方や距離の取り方を決めていくことが大事なのです。また、シニア世代も常に進化し続ける技術の変化に敏感になり、勉強し続けることが重要です。

『モダンエルダー』は、AirBnBのアドバイザーであるチップ・コンリーが書いた本ですが、彼はザ・コーチと呼ばれシリコンバレーの多くの企業に人間味をもたらしたといわれるビル・キャンベルを引き合いに出し、シニアなメンバが、その知恵や哲学を若い世代に還元することの重要性を説いています。シニア世代が新しい技術を勉強し続けて、若い世代と関わり合いながら議論を継続することが技術と共存しつつ豊かに生きるためのヒントになると考えています。

図6. モダンエルダーのすすめ

私たちEMBA世代も、20代前後の大学生との交流会や勉強会などを通じて、双方向の気づきや学びの機会を作りたいと考えています。産官学で技術を軸に連携を深める場はこれから増えてゆきますが、そこに全ての世代の知恵を結集することができれば、豊かに技術と共存する社会に一歩近づけるのではないでしょうか。